今井洋介 新潟県立がんセンター内科部長・新会代表/医療従事者として

新潟県立がんセンター新潟病院の血液内科に勤め、白血病や、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、その他の悪性腫瘍の方々に、抗がん剤や分子標的剤、造血幹細胞移植などのありとあらゆる積極的な治療を行う一方、病気を克服してがんセンターを卒業されることのなかった患者さんの最期のお看取りをさせて頂いている。

東京郊外の住宅地で育ち、お寺との関係は、お墓参りと、近親者の葬儀だけでしたので、大学生になるまでは、お寺とは葬式のあとに行くところ、という認識だった。

学生時代柔道をしていたときに肘を痛めた。腕ひしぎ逆十字、という技を極められたのだ。
当時、新潟大学の体育科に、体操でオリンピックメダルを獲得した先生がいたので、良い治療家を紹介して頂いた。
一軒家で開業されている整体治療家だったが、肘が痛いと言っているのに、お尻の筋肉からほぐし始める。本当にびっくりした。
身体全体の歪みをとらないと治らないと言われた。
実際に良く治ったし、その治療院には、幾つも整形外科をはしごしてもつらい症状がとれず、わらをもすがる思いで訪れる方も少なくなかったため、先生にお願いして、整体治療を数年間教えていただいた。
すると、世の中には実に様々な医学が存在しているのに、健康のことで困っている方々は、すんなりと一番適切な医学に出会うことができていないことに気づいた。

向かって左、講演する今井氏

そこで、友人とともに「よろず医学研究会」というものを作った。
県内で東洋医学を用いて実臨床をされている方々をお呼びして、「東洋医学シンポジウム」を開催したときに出会ったのが、当時雪国大和総合病院の院長をしておられた黒岩卓夫先生だった。
病院の敷地内で生薬を栽培し、富山医科薬科大から先生を呼んで漢方外来を開いておられた。
そのとき、同時にお会いしたのが、漢方薬局にて患者さんを治療していた小出昌敏先生。
古方という江戸時代に発達した漢方を本格的に学ばれた方で、学生数名で漢方を教わることになった。
少しの時間漢方を教わり、ほとんどの時間はお酒を飲んでいたが、ある時、飲み会の際、さっと現れ、さっといなくなった方がいた。
今まで出会ったことのないような雰囲気の方だったので、どなたですか?と小出先生に尋ねると、インドで出家したお坊さんで、福島県との県境に住んでいるとのこと。
当時、津川町の山間の、廃校の元教員住宅に住まい、ひたすら五体投地と滝行、座禅に明け暮れる野口法蔵という方だった。
好奇心旺盛な頃ですから、間もなく野口氏のもとを頻繁にお尋ねするようになり、山の中の公民館で、様々な医学から自分にあった医学を選んで治療をうけることのできる、よろず医療相談所、というものを隔月で開催するようになった。

野口氏からは、宗教とは、人間が人生において危機に陥ったときに備えるためにあること、そして、生老病死について思いをはせることを初めて教わった気がする。
どうしたら仏教が根付く社会というものを体験できるか考えていたときに、「タイの僧院にて」という本に出会った。
タイの方は、人生の節目に出家をする。
それは一番の親孝行であるとのことで、作者の青木さんという方もタイ国で出家されていた。
野口氏にバンコクのタイ人のお坊さんを紹介して頂き、その方の導きで、タイ北部のサラピ、という農村のお寺で短期の出家をすることを許された。
約1か月半だったが、まさに「三日坊主」ですね。短い間ではあったが、仏教が人々の肚におさまった社会の良いところが見えてきた。
タイ国の人々には、幼少のころから、絵本やビデオなど、あの手この手で、生老病死、無常観がすりこまれていた。
その結果、ある意味、全ての国民が、日々、頭のどこかで死というものを意識して暮らしていること。
次の輪廻でよい生まれ変わりをするために、日々あたまの中で計算をし、一つ悪いことをすれば、バランスをとるために一生懸命寺に喜捨をする。
それはある一面計算高い行為だが、常に正しい姿というものを意識し、礼拝している人びとは、気品があるように見えた。

なるべく生老病死を身近に感じられる現場にいたいと思い、がんセンターでの初期臨床研修を選んだ。
寝る間もないような二年間だったが、研修先としては最高の病院だった。
初期研修が終わり、専門分野を選ばなくてはならない。
東洋医学を始めとした、西洋医学以外の医学のすごみを知っていたからこそ、西洋医学の凄みを最も学べると感じた血液内科の道を進んだ(当初はしばらく勉強するだけの積りだった)。

幸いにもがんセンターにて勤務できるようになり、難治性のがん患者さんの治療と看取りにかかりきりの日々が続いたが、徐々にスタッフが増え、平成17年からは、生老病死を様々な角度から学び直すための「いのちをめぐる連続講演会」を定期的に院内の講堂で開催できるようになった。
初回の講演者は野口法蔵氏。
現在34回を数える。平成21年ごろからは、日本サイコオンコロジー学会とがんセンターの共催で、がん医療に携わる医師のためのコミュニケーション技術を鍛錬する「虎の穴」のような厳しい講習会を年1回開催している。

がん医療は日々進化しており、最近米国の最先端のがん治療施設で行われているのは、哲学者を交えて、がん患者さんの人生の意味に焦点をおく治療や、仏教の瞑想法から開発された心身を癒すケアです。

日本の医療現場でも、治療医と精神科医、看護師やケースワーカーなどがチームを作って患者さんをお世話する時代になりつつあるが、そこには宗教者や哲学者はいない。

「いのちの物語をつむぐ会」の最もよいところは、医師、看護師だけではなく、宗教者、一般の方、研究者など、様々な方々が額を突き合わせて様々な意見交換を行うことができるところである。
日本人は、古来、自然を敬い、死者を大切な心の友として人生を送る、特有で強力な文化を有する民族です。
その強い文化は、仏教でさえ、日本的に変容させ、地元に根付かせた。
コンビニよりも多いという日本全国の寺社は、日本人の貴重な財産だ。
この貴重な資源を使い、日本人は、自分と周囲の人々とのつながりのみならず、自分がよって立つところの自然や風土とのつながりを再認識することで死生観を涵養し直していく必要がある。

年に数回開催の会ではあるが、様々な業種を超えた人々が生老病死への思いを共有し、少しずつ丁寧に思いのたけを伝えていくことで、やがて大きな一つの景色が現れ出てくるような日がくれば!と切に願う。